第11話「Red return」
「ジェリーって結構有名だったんだねー」
砂漠地帯を抜け、荒野に降り注ぐやや穏やかにも感じる陽光。
砂漠からフォッシルコロニーへと戻る道すがら、スティルアーマーに
随伴して地上を歩く白いレドラー。そのハッチを開放したコクピットにて、
操縦桿を握るアミーナが、間延びした声で呑気に告げた。
少女騎士ヘルメス駆る、スティルアーマーの背面にて寝転び、その
アミーナの声に、一瞬苦虫を噛み潰したような表情になるゴドー・
スマッシュ。
「タルカスさんが言ってたもんねー。あの女にはー、赤い獅子が似合う
って。それってー、やっぱりジェリーと〈ライオット〉のことだよねー」
ゾイドハンターであるゴドーの、幼馴染にして同業者の少女ハンター、
ジェリー・カーライルと、彼女の乗機である赤いレオブレイズ〈ライオット〉
のことを指すアミーナ。
「でもー、今さらジェリーに会えってー、タルカスさんどういう意味
なんだろうねー? 毎日のように顔を会わせてるのにー」
「…あー、そりゃー間違いなくジェリーのことなんかじゃねえ」気だるげに、
応じるゴドー。「お前は知らないだろうけどよ、フォッシルコロニーで
“赤い獅子”って呼ばれてるハンターはひとりしかいねえんだ。しかも
それはジェリーじゃない」
「そうなの?」
「ジェリーなんか、“あの人”の微笑ましいパチモン扱いってことだ。
――やべえ、あの人が町に戻ってきたってことかよ…」
心底嫌そうなゴドー。
「――歓談中に済まないがな、ゴドー・スマッシュ」
レドラーと違って、ハッチの閉じられたスティルアーマーのコクピット
の中、ぽつり、とヘルメスが言う。
「何だよ?」
「そこから降りたほうがいいぞ。――攻撃だ」
言った途端、迸る閃光と、一瞬にして灼ける周囲の空気。2機のゾイドの
すぐ足元に起こる爆発!
「いきなりかーっ!?」
電磁砲によるビーム攻撃! 爆風のあおりを受け、スティルアーマーの
背の上から吹っ飛び、絶叫するゴドー。
★
狩りの獲物は強敵だった。ヘビーライモス。中型ゾイドでありながら、
レッドホーンにも匹敵するぶ厚い装甲と多数の武器を持ち、まさに動く
要塞といえる機体。突撃戦闘時には先端部のドリル状の角が高速回転して、
どんな厚い装甲板でも容易に貫いてしまう最大の武器となる。中型としての
機動力と、大型機に匹敵する戦闘力を有している、ハンターにとっては
恐らく厄介な獲物の部類に入るゾイド。
戦時中に施された武装の、ほとんどが残ったままのヘビーライモスが、
野良ゾイドと化してフォッシルコロニーへと向かってきていた。町に
脅威が及ぶ前にヘビーライモスを退治する、それが今回カーライル一家が
ハンター協会から請け負った仕事だった。
「このーーーっ!」
ヘビーライモスからの容赦ない攻撃の中、愛機〈ライオット〉を
駆けさせるジェリー。ヘビーライモスと距離を詰めようとするものの、
背の大型電磁砲、胸元の二連装衝撃砲からの容赦ない砲撃の前に迂闊に
近付けずにいるのだ。
一家の若頭、ストライクの〈マリアッチ〉と二人の若衆、ウキョウと
サキョウの機体スナイプマスターがそれぞれ援護射撃を行いヘビーライモス
を牽制するものの、その装甲の前に攻撃がことごとく弾かれてしまっている。
「あの背中の大砲さえなんとかできれば!」
「お嬢、ここは引きましょう! 今の〈ライオット〉じゃあいつには近付け
ねえ!」
ジェリーを嗜めようとするストライク。先日、町に現れた謎多き戦士
ハデスの機体、ロードゲイルにより深い手傷を負わされ、その修理も完全
ではない〈ライオット〉には、レオブレイズというこの機体本来の俊敏さが
欠けた状態となっている。そこへきてヘビーライモスの、ほぼ死角のない嵐
のような砲撃が襲ってくるのだ。近付くどころか、砲撃を躱すので精一杯に
なっている〈ライオット〉。
「このっ!」今また、すぐ足元に来た衝撃砲の着弾を躱し、跳躍する
〈ライオット〉。が、「――っ!?」
目を見開くジェリー。その視界いっぱいに迫る、ヘビーライモスの
いかつい表情と、その鼻先にて唸りを上げているドリル。砲撃を躱し、
爆風に視界を閉ざされた一瞬のうちに距離を詰められたのだ。
ガッ――!
寸前、躱そうとするも間に合わず、元より負傷していた肩を大きく
ドリルで抉られる〈ライオット〉。突進の勢いに、その片方の前肢を
千切られた赤い機体が宙に舞う。
ジェリー、やられた、と覚悟した刹那、
ビュン――、不意に、〈ライオット〉の機体が宙空で安定した。その
機体の腹の下を駆け抜けていくヘビーライモスの巨体。
「え…」何事かと、頭上を仰ぐ。自機を吊り上げている、白い機体。
「アミーナ!?」
驚くジェリー。いつの間にか上空から駆けつけてきたアミーナの
レドラーが、黒い巨体の突進を受け、跳ね飛ばされた〈ライオット〉を
拾ったのだ。〈ライオット〉を抱えたまま飛翔するレドラー。
そして、ヘビーライモスへと新たに加わる砲撃。レドラーとともに、
その場に駆けつけたスティルアーマーである。
「野郎! さっきはよくもこっちまで狙ってくれやがったな!」
スティルアーマーのコクピット内、その狭い空間に入り込んだゴドーが
ヘルメスの耳元で喚き散らす。先ほど危うくゴドーを黒焦げにしかけたのは、
このヘビーライモスからの流れ弾なのだ。
「撃て! 殺れ! あのクソ生意気なグリグリ角、へし折ったれ!」
「…やかましい、静かにしろ」
同じ空間にいるゴドーに辟易としつつも、スティルアーマーの手綱を取る
ヘルメスの正確な射撃により、ソードレールキャノンの弾丸が一発と
漏らさずヘビーライモスの黒い装甲へと殺到する。
だが、ヘビーライモスの重装甲の前に、攻撃が致命傷が与えられない。
「ナニやってんだ下手糞、ぜんぜん効いてねえじゃねえか!」
「奴の装甲が厚いのは、私の腕前のせいじゃない」
耳元で騒ぎ立てるゴドーに苛つき、ヘルメス、スティルアーマーの
前足を一歩踏み出させた。ズン、と衝撃がコクピットに伝わり、ゴドーが
しこたま天井に頭をぶつける。
と、突然横から砲撃を加えてきたスティルアーマーのほうを向く
ヘビーライモス。その巨体にたがわぬスピードで大地を蹴り、鼻先の
ドリルを唸らせ突撃してくる。
「やべえ、逃げろ!」
「今さら避けられん」
Eシールドを展開するスティルアーマー。元より同じ中型ゾイドである
〈マリアッチ〉の突撃も真正面から受け止めたこともあるシールドとはいえ、
先の砂漠での戦闘にて、脚部にダメージを負っている今の機体で、果たして
受けることが出来るか――、
瞬間、
轟――ッ! 突然、突進してくるヘビーライモスの真横に躍り出てくる
真紅の機体。ヘビーライモスと並んで駆ける四足獣型、〈ライオット〉
よりもふた回り以上は大きい、本物のライガータイプ――真紅のボディを
持つライガーゼロ。
あとは一瞬の出来事だった。突進するヘビーライモスと併走しつつ、
その真横にぶつかる赤いライガーゼロ。背部イオンターボブースター噴射。
高速疾走しつつ横からの推力を受け、その突進の軌道を逸らされる
ヘビーライモス。スティルアーマーの直前、突進のスピードを落とすこと
なく、そのスティルアーマーの真横を抜けていくヘビーライモスと真上を
ジャンプしていくライガーゼロ。
突進を逸らされたヘビーライモス、急制動をかけようとして足元を
もつれさせ、地面を抉りつつ転倒、巨体を地面に横滑りさせて停止する。
「……」
一瞬、何が起こったのかほとんど理解できないまま茫然となっている
ヘルメス。
「…レ、〈レイガン〉」その同じコクピット内にて、赤いライガーゼロの
姿を見たゴドーが蒼白になっていた。「…やべえ、間違いない…」
「――そこのスティルアーマー!」と、ゴドーが〈レイガン〉と呼んだ
赤い機体から、唐突に叱責の声が響く。凛、とした女の声。「機体の能力に
頼るような戦い方をするな。シールドを張っていようが、今の突進を
真正面から受けていたら間違いなく機体がバラバラになっていた」
ち…、舌打ちするヘルメス。今の自機のコンディションでは、言われても
反論できない。
と、轟…、激しい唸りと共に土煙が上がった。ふと見ると、倒れた
ヘビーライモスを中心に上がっている土煙。やがて、空間が晴れてくると、
そこに黒い巨体の姿はなく、残っているのは大地を穿った大穴の跡のみ。
「逃げたか――」
赤いライガーゼロのコクピットハッチが開いた。コクピットの中から
立ち上がる、長身の女ハンター。その女の姿に、アミーナのレドラーに
吊り下げられたままの宙空の〈ライオット〉内にてジェリーが呻く。
「マ…ママ…」
「ママ?」
思わず復唱し、赤いライガーの女ハンターの姿をまじまじと見つめる
アミーナ。
カーライル一家先代社長、フォッシルコロニー伝説の女ハンター
“赤い獅子”、ジェリーの母マギー・カーライルの帰還だった。
★
「久しぶりねーゴドーちゃん♪」
フォッシルコロニー、カーライル一家事務所。自機〈レイガン〉から降り、
ゴドーの前に立って開口一番、思いっきり甘やかし顔でゴドーをむぎゅと
抱きしめるジェリー母。
「んもーっ、すっかり大きくなっちゃっておばさんびっくり★ お父さん
似て、大人しく泣き虫さんで可愛かったあのゴドーちゃんが、こんなに
立派になっちゃうなんて、おばさん嬉しいわー。あぁン、早く街に戻って
これなくてごめんねごめんね♪」
「は、はは…」
長身の美女に抱きしめられつつも、何故か疲れた表情のゴドーと、
にこやかにマギーを迎えるゴドーの妹、ティータ。
「マギーおばさん、おひさしぶりです」
「きゃーっ、ティータちゃん★ ティータちゃんも大きくなったわねー、
元気だった? おばさんはもちろん元気よー♪」
ゴドーとティータ、二人もろとも心底嬉しそうに抱きしめてはしゃぐ
マギー。一方、実の娘を差し置いての母の様子に不満顔のジェリーと、
何故かその横に並び立っているヘルメス。
「ずいぶん凄い母上だな。貴様の母さまは」
「どうせ、そういう母親に育てられた娘で悪かったわね…」
ぶすっ、と応じる。
「だが――」ヘルメス、久々に再開したゴドー兄妹を前に無邪気にはしゃぐ
マギーの姿を凝視する。「あのヘビーライモスを前に、突進力という相手の
特性を逆手にとっての戦法は見事だった…貴様らゾイドハンターの世界も、
なかなかに奥が深い」
「一応、カーライル一家の名を業界に知らしめた伝説のハンターだしね」
「しかし、何故今日まで町を離れていたのだ? 認めたくはないが、
兄さまとかなりいい勝負が出来るほどの凄腕だぞ」
「この辺りの野良ゾイドじゃ飽き足らなくなって、跡目をさっさと私に
譲って、自分より強いゾイドに逢いに行くとか抜かしてさすらいの旅に…
てゆーかさー、なんであんたがここにいんのっ!?」
今さらのように、噛み付くジェリー。彼女にとっては、ヘルメスは自分の
仲間をさんざいたぶってくれた、忌々しいデュケーンナイツ兄妹の片割れ
なのだ。
「成り行きだ」しれっ、と応じるヘルメス。「それに兄さまから、ゴドー・
スマッシュの監視を仰せつかっている。あと5日、兄さまと奴の決闘のその
日まで、奴から目を離す訳にはいかん」
フォッシルコロニーのゾイドハンターたちをことごとく打ち倒し、
アミーナの白いレドラーを狙う亡国の騎士ハデス。自らに完敗したゴドーを
前に、ハデスは何故か決闘の猶予を与えた。ハデスとの再戦に備え、砂漠の
武器屋タルス・タルカスから新たな武器を手に入れたゴドーの愛機・
ゴドス改〈ガッツ〉は今現在タルカスの手によって、その新兵器を
取り扱うための改造を施されている。
そして、タルカスはゴドーに、フォッシルコロニーに戻ってマギーに会えと
示唆していたのだ。
「はじめましてー、ジェリーのお母さん」
そのマギーの前に、いつも通り脳天気なまでににこにこと、挨拶しちゃう
アミーナ。
「えーと…」初めて見る少女の顔に、ちょっとにこやか笑顔が固まる
マギー。「…どなた?」
「ああ、こいつはウチの居候で…」
「アミーナっていいます。ゴドーとー、ティータと一緒に住んでますー」
「ゴっ…ゴドーちゃんと一緒に住んでるっ!?」
ずざざざざっ、と思わず後ずさるお母さん。
すかさず、自分の娘のほうを向き、一気に駆け込むと、
「このアホ娘!(ずがんっ!)」
「ぶっ!」
その脳天に、鉄拳一発ぶちかました
「たっ痛ぁ〜〜〜何すんのよっ!」
「何すんのよじゃないわよお前! なんで、なんでゴドーちゃんちに突然
あんな可愛い女の子が住んでるの住んじゃってるの、えぇ!? てゆーか
お前、みすみすゴドーちゃんが他の女の子をお嫁さんにしちゃったりする
ような機会を指くわえて見てたってのかいっ!?」
「指くわえてないし! そもそも仕方ないでしょ、アミーナはねぇ――」
「ああーーーっ! 本っ当ーに変なところばっかりお父ちゃんに似ちゃって
るんだからあんたは! お父ちゃんったら、ガラッパチな割に異性関係は
本当にオクテでオクテで…うるうる、このままじゃ、このままじゃ
お母ちゃんの昔からの夢、お前の婿にゴドーちゃん迎えてゴドーちゃんを
うちの家族にしちゃうマル秘計画が…」
「娘がムコを選ぶ権利は…?」
「ああっ、見える、見えるわ…晴れて息子になったゴドーちゃんと、
おひさまの光差し込むキッチンにて仲良くお料理を作っている私…
『あ、
いやだ、包丁で指切っちゃった』『大変だ、マギーさんの白魚のように
美しい指先に傷が。マギーさん、その傷を見せてください』『あらやだ
ゴドーちゃん、そんな私の不注意なんだから気にすることないのよ』
『な、何てことだ、傷から血が…ちゅぱっ★』『あ、そんな指先を
! …ああ、でも切り傷をなぞるちゅぱちゅぱした感触が…あぁあ、
いけないわ私ったら、ゴドーちゃんは家族なのよ息子なのよ。でも
この胸に迸る情熱の炎が止まらないわ止められないわ…あぁあああ…
私、私』
…なんちてなんちてなんちてーーーっ! きゃーっ、お母さん
どうしよーーーっ!? きゃーーーっ! きゃーーーっ!」
「……」
いい感じに妄想全開ハイテンションなお母さんの様を目の当たりに、
なんとも言えない表情にて言葉を失ってるヘルメス。
「…まあその、何だ」居合わせつつそれまで黙っていたストライクが、
茫然としているヘルメスを見かねて言う。「先代、私と公はしっかり
分ける主義でな…」
「ときにスト公!」
「へ、へい先代!」
いきなり自分に矛先が向き、慌てて背筋をピンと伸ばす。
「お前がついていながら、いまだこのアホ娘がゴドーちゃんモノに
できてなかったってのはどういうことだ。私は、お前がいるから安心して
娘に跡目を譲ったというのに、そのお前がそんな様でどうする」
「面目ありません…」
「まあ、しかし…」そのストライクの隣に視線を向け、ふ、と唇の端で
笑うマギー。「デュケーンナイツ――亡霊となったはずの騎士を新たに
一家に迎えるとはな。ずいぶんいい人材を見つけてきたじゃないか」
「――勝手に、仲間にするな」名乗ってもいないのに自らをデュケーンと
看破した。そのマギーの指摘に内心動揺しつつ、あくまで冷静に応じる
ヘルメス。「私は、ゴドー・スマッシュと兄さまと決闘の日まで、そいつを
監視するためにいるだけだ」
「決闘? ほう、穏やかでないな…」
もはや、顔見知りの子供を可愛がる母親でなく、伝説のゾイドハンターと
しての顔を見せているマギー。一同を見渡す位置に立ち、にわかに緊迫した
空気の中、余裕を込め口調にて告げる。
「では、教えてもらおうじゃないか。今、ゴドーちゃんを取り巻いてる
状況ってのをな」
★
ゴドーがハンターとなり、初めての狩りでのアミーナとの出会い。
記憶喪失、素性不明というアミーナと、彼女が乗っていた機体である
白いレドラーの正体不明の特性。そのレドラーを狙って現れたデュケーン
ナイツ兄妹。
ヘルメスの兄、ハデスによるフォッシルコロニーのハンターへの襲撃。
ハデスに挑み、完膚なまでに敗れ去るも、そのハデスから決闘の猶予を
与えられるゴドー。そしてその決闘の日はあと5日まで迫っていること…。
「――そこで、タルカスからストの持ち物だった〈ドラグーン〉を譲り
受けた訳か」一同からひととおりの状況を聞き終わり、ふむ、と頷く
マギー。「それにしても…」
ちらり、とゴドーのほうに視線を向ける。その目が、ハンターの目でなく
潤んだ少女のような目になっていた。
「ああっ、ゴドーちゃんもついに憧れだったゾイドハンターになったのね
なれたのね! しかも、スト公からあの〈ドラグーン〉を譲り渡される
ほどのハンターになって! おばさん感動よ、ちっちゃい頃からの夢を
叶えてみせる男になったのねなっちゃったのね! ああ、男の子の成長
ってなんて逞しくて素敵なのっ!」
またも、ゴトーにむぎゅーっと抱きつく。
「ちょっとママ、いいかげんにしてよ!」もうどうにもしてくれという顔の
ゴドーと、自分の親の痴態にさすがにいきり立つジェリー。「今はゴドーの
ことよりうちのことでしょ! あのヘビーライモス逃がしちゃって、
下手したらハンター協会からペナルティ物なのよ! 今はまず逃がした
獲物をどうするかが先決で…!」
「奴なら、また必ず来る」
ゴドーを豊満な胸に抱きしめたまま、娘のほうに振り向くマギー。
その顔は、また伝説のハンターのそれになっている。
「私がフォッシルコロニーに戻ってきたのは、あのヘビーライモスが
フォッシルコロニーに向かっているとの情報を得たからだ。あいつ、
戦争中は都市侵攻用に使われてたゾイドらしく、野良になってもその習性が
残っていて、人の集まる町を見ると手当たり次第に突っ込んでいく厄介者
なんだ。奴のために甚大な被害を受けた街は片手の指じゃ足りない。奴に
とどめを刺せなかった以上、あの習性が残っているかぎりまたフォッシル
コロニーを襲おうとするはず」不敵に笑んでみせる、伝説のハンター。
「それだけの相手――お前が立ち向かっても、手に余ると思ってな」
「私が、ママの跡目を次いで何年経ったと思ってんのよ!」
「でもまあ、ゴドーちゃんが話を聞いた限りのハンターに成長したと
いうなら、持ってきた土産が役に立ちそうだ」
マギーの〈レイガン〉に随伴してきたグスタフ、その引っ張ってきた
コンテナが開いた。その披露されたコンテナの中身に、感嘆する一同。
ゾイドコアブロックを中心とした、フレームブロックにて構成された
ブロックスタイプのゾイド。〈レイガン〉より一回りは小さいが、真紅の
鬣(たてがみ)を持つライガー…。
「ゴドーちゃんが来るより1日早く、タルカスの奴から調達してきた。
ゴドーちゃん、使うといい」
「ちょ、ちょっと…」
「待ってよ!」いきなりの贈り物を前に当惑するゴドーを尻目に、実の娘
の存在を差し置いての発言、さすがに声を荒げるジェリー。「なんで
あたしじゃなくゴドーなのよ! そもそもこの仕事の依頼はうちが受けた
のに、ゴドーが出張る理由は…」
「あのおばさん、俺にはライガーは似合わな…」
「あの、〈ライオット〉の姿はなんだ」
娘に、目を合わせることなく言い放つ。
「自分の愛機のコンディションも考えず、獲物の詳細を調べることもなく
ホイホイと仕事を引き受けてあの様だ。ゴドーちゃんやアミーナちゃんが
来てくれなかったらお前、今頃こうして元気でいられたか判らないのだぞ」
「……」
母であり、偉大なハンターでもある先輩の言葉に、言い返すことも
出来ず口を噤むジェリー。
「お前にこいつに乗る資格はない――明日の狩りに、お前は連れて行かない」
★
「でさー、ゴドーちゃんのお父さんがこれまた繊細で細面の文系青年で、
メガネが似合う素敵なお兄さんタイプだったのよー。私とお父ちゃん、
ゴドーちゃんのお父さんの三人で幼なじみで、そこにゴドーちゃんの
お母さんも加わって、昔は親友同士でねー。正直、おばさんゴドーちゃんの
お父さんに…きゃー言っちゃったー♪」
「うわー、うわー、それじゃあもしかしたら、ジェリーもゴドーも
ティータもー、みんな一緒にマギーおばさんの子供だったんだー」
「そら恐ろしいこと抜かすんじゃねえよ…」
ともあれ夕食、マギーの帰還と明日の狩りの成功を祈っての焼肉
パーティーとなっていた。何故かすっかり打ち解けてしまっているマギーと
アミーナに挟まれ、苦々しい表情で呟き、中辛タレに漬けた肉を口に運ぶ
ゴドー。
「なんせお父ちゃんか威勢がいいしか取り得のない単純バカだっただけに、
ゴドーちゃんのお父さんが素敵に見えちゃって見えちゃって…。おばさん
若い頃、ゴドーちゃんのお母さんにヤキモチ焼いてイジワルとかしちゃった
こともあったっけ。でも、彼女がどんなにあの人にふさわしい相手かって
判ったらなんだか打ち解けちゃってねー。本当、四人でいい親友に
なれたのよ…」
「わー、いいなあそれ…」
「まあね――」ふと、遠くを見つめる視線になるマギー。「…そのマブダチ
グループも、今や残りは私ひとりか…。本当、あんなことさえなきゃ…」
ガタン、わざと椅子から音を立てて立ち上がるゴドー。
「ゴドー?」
「喰いすぎた。ちょっと便所だ」
「食事中でしょうが、馬鹿!」
「女がいる席だ。エチケットをわきまえろ」
口をもぐもぐさせたティータとヘルメス(なぜかいる)の叱責を背に、
ぶすったれた顔にてその場を後にするゴドー。
「…まだ、わだかまっちゃってるかな」
その、ゴドーの様子にふと漏らすマギー。
★
月が照らす夜。表に出たゴドーは、苛ついたかのように倉庫の壁を蹴った。
「ゴドー」
そのゴドーの後ろに現れる、缶飲料を二本、手にしたアミーナ。並んで、
月を見上げながら、缶の中身をあおる二人。
「ゴドーのお母さんってー、どんな人だったの?」
「なんてこたねえ、ただの母親だ」ぶすっ、と応じる。「親父が仕事で
出掛けてる間、家の掃除して、洗濯して、夕飯の支度して、手すき時間は
俺やティータと一緒に買い物したり散歩したり公園で遊んだり…マギー
おばさんみたいに、特別語るほどの人間でもなんでもねえよ」
「お母さんに怒られたこと、あるー?」
「なんてこたねえ親だからな、イタズラしたらホッペぐらいひっぱたかれた」
「お母さんに褒められたこと、あるー?」
「なんてこたねえ親だからな、ティータがイジめられてんの庇ったら、
頭ぐらいなでられた」
「じゃあ、ゴドーはお母さんのこと好きだったんだー」
「なんてこたねえ人間のことなんか、知るか!」
「――でも、嫌いとは言ってないよね」
「勝手に抜かしてろ」
喚くと、残った缶の中身を一気で飲み干す。
「なんてこたねえ親だったクセに、なんてこたねえじゃ済まされねえ真似
しやがって…許せるか、あんな女!」
「どんな人でも、ゴドーにはいい思い出もあるんだよねー」
ゴドーが何を言おうと、あくまでマイペースに、にこにこ微笑むアミーナ。
「…やけに絡むじゃねえかよ」
けっ、と、アミーナのほうを見もしないゴドー。
「今、好きでも嫌いでも…優しかったお母さんの思い出があるって、
すごく幸せだと思う」
「?」
「私は…お母さんの顔、思い出せないから」
「……」
何となく、会話が途切れた。
二人に見つめられつつ、夜空から二人を照らしている月――。
★
格納庫、整備ハンガー。
人気のないそこに、脚を一本失い、全身の装甲を傷だらけにした
〈ライオット〉がその身を伏せている。
晩餐に顔も見せず、倒れた愛機を前に、ずっと立ち尽くしているジェリー。
傷だらけの愛機にそっと手を添え、俯く。
獲物に手痛くやられたのが悔しかった。
久々に帰ってきても、家族である自分を省みようとしない母の態度に
腹が立った。
何より、その母の叱責の言葉が、的を得ていたことで自分自身が
許せなかった。
あのハデスのロードゲイルに対し負けが続いたことで、自分の中に焦りが
あったのは確かだ。
1日でも早く母のように名を上げたい。母が任せてくれたカーライル
一家を、母の名に恥じないチームにしたい。そんな焦りが、愛機
〈ライオット〉の傷が癒えない状態のまま危険とも言える仕事を引き受け、
結果が〈ライオット〉の大破であり、誰よりも尊敬するハンターである母
からの戦力外通知である。
俯き、口惜しげに歯を鳴らした。頬を涙が濡らす。
「ごめん…ごめんね、〈ライオット〉」涙に濡れた顔を上げる。傷だらけの
機体の顔を直視し、袖口で涙を拭った。「終わらない…こんなことで終わる
もんか」
整備ハンガーの制御コンソールへと駆け寄る。ハンガーに設けられた
クレーン、作業アームといった機器類のモーターが唸りを上げ始める。
「ママが私を認めなくてもいい。でも〈ライオット〉、お前だけは倒れ
させやしない――」
少女の瞳に、意地の炎が灯っていた。
あとがき
『「荒鉄」の続きは今度こそ(できるだけ)早めに上げることを誓いつつ、
んではまた次回』と言ったのが去年の9月…「ゾイドジェネシス」の放送
終わっちゃったじゃねえかよどーすんだ?(…orz)
そういうことで久々の「荒鉄」ですが、なんともコンテンツ停滞しがちに
なってるのは紛れもない自分の手落ち…。ストーリーの合間に間が
開きすぎるため、今回はやや状況説明っぽい話になっております。おかげで、
実は今回は元々1話分のプロットだったものを文章量が増えすぎたため
慌てて前後編に分割…。後編のほう、こちらも(できるだけ)早目に
書きますです。
今回またも新キャラ登場。妄想暴走気味のエロ可愛いお姉さんってのは
どこかで出したかったキャラ。いえ単にお姉さんキャラが好きなだけ
(笑)。まあ、割と「荒鉄」って自分の中で何でも出せる世界観という
のがあるので、書いてる分には楽しいキャラであります。
んではまた次回。いえまた新作ガレキの開発挟むんですけどね
(やれやれ)。
2006.5.3
普通のサイトをブログに変える
「ブロギミック」。
豪雪地帯酒店・第二事業部は
ものをつくりたいすべての人々を応援します。
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