第8話「Obstinacy」
ハデスは思い出していた。
自身に無謀にも歯向かい、返り討ちにした〈ガッツ〉と呼称される
改造ゴドス。そして、その乗り手であるゾイドハンター、ゴドー・
スマッシュ。
その剥き出しになったコクピットを乗り手ごと刺し貫こうとしたとき、
機体の胸板の上に立ち、生身で自機ロードゲイルを制しようとした少女
アミーナ。その顔は…。
胸元のペンダントをぎゅっと握り、その思いを打ち消す。違う。彼女では
ない。
彼女はもうどこにもいない。
彼女は、自分の目前で、死んだのだ。
★
ゴドーに、ハデスから与えられた猶予は10日間しかない。だがその内の
2日間を、ゴドーは部屋に閉じこもって過ごした。
ハデスへの敗北、そして、心に深く刻み付けられた死の恐怖。自身に
向けられる、異形の機体ロードゲイルの長槍の矛先、その禍々しい金属の
光沢が脳裏から離れないのである。
3日目の朝、その引きこもる兄の姿にたまりかねたように、ティータは
ゴドーを無理矢理仕事へと叩き出した。スマッシュ運送サービス最も古株の
機体、キャリートータス〈ドンガメ〉にて請け負った仕事とは、他の
運送業者とキャラバンを組んでの、隣町までの荷物の輸送である。
〈ドンガメ〉と同型のキャリートータスまたはグスタフ10機からなる
キャラバン。そして今回は、折から途中経路での盗賊事件が続発している
事態を受け、ゴドーの顔見知りである保安官リーフが護衛として同行して
いた。
「お前らの業界も例のロードゲイルにゃ躍起になってやがるな。奴は自分達
で始末を付けるとかで、ハンター協会からは俺らに被害届どころか、
あからさまに手を出すなって圧力までかけてきやがった。しがねえ田舎町
の若僧保安官じゃ、言いなりになるしかないでありまーす」
自機ワイルドウルフを〈ドンガメ〉の横に並ばせ、自嘲的な台詞を
笑いながら告げるリーフ。そのリーフの言葉に、にこりとも応じないでいる
ゴドー。
重症だな、と思うリーフ。既に、ゴドーが件のロードゲイルに完膚なき
までに叩きのめされたといういきさつは知っていたが、いつものようにムキ
になって噛み付いてくることすらしないとは。
「…すっかり、ガキの頃のお前に戻っちまったみてえだな」
「え――?」
そのリーフの声に、一瞬反応する。
「もう、8年も経っちまったんだな――」
「………」
再び、無言で俯くゴドー。
8年前、ゾイドを駆る野盗の集団がフォッシルコロニーを襲った。壊滅寸
前までに陥った町を盗賊から救ったのは、突如町に現れた、野良だったのか
人が乗っていたのかも判別としない1機のゴジュラス。
そしてその襲撃の日以降、大人しく内向的だった7歳の少年ゴドー・
スマッシュは、人が変わったように活動的な少年となった。時には乱暴に、
時には暴走しがちに、激しい感情を剥き出しにする少年となった。
襲撃のために大怪我を負った父、まだ小さい妹、その家族を守るために、
幼い少年なりに強くならなければ、と変わろうとしたのだ。
そして、怪我の後遺症を引きずりながら共に働いていた父親も、2年前
突然の事故で亡くなりもういない。
「俺もあの頃はまだいっちょ前にイキがっててよ、保安官になるなんか夢
にも思わずプラプラしてたバカな若僧だったな。まあ、今こうしてその
保安官になったのも、お前の親父さんと…お袋さんのおかげだ」
「!」
その言葉に、はっきりと反応するゴドー。キッ、とリーフの機体を睨む。
「お前の親父さんお袋さんとも、町中の人間から慕われてた立派な人たち
だったよ。綺麗な人だったよなあ…お前のお袋さん。俺も、あの人にだけは
頭上がらなくてな――」
「やめろよ!」たまらず、唸る。「やめろよ! 知らねえよ、あんな、
あんな女――!」
歯をギリ…と噛み締め、言葉を飲み込む。
「ゴドー」
「…親父は、いいんだ」ぽつり、と呟く。「でもよ…親父、可愛そうすぎる
…本当は先生仕事だってのに、俺とティータ食わせるためにこんな慣れない
ゾイドの仕事なんかおっぱじめてよ…ただでさえ元よりカラダ弱かったのに、
ケガ引きずってまで、それでよ…」
と、
キィィ…。日頃は唸り声ひとつ上げない、大人しい〈ドンガメ〉が、
わずかな呻きを上げた。その鳴き声に、目の前のコンソールパネルをそっと
撫でるゴドー。〈ドンガメ〉は、元々その父親の愛機だったのだ。
「なあ、いいか」軽い口調を、諭すものにして告げるリーフ。「俺はお前の
ご両親を、俺の親と同じぐらい尊敬している。俺が保安官になったのは、
あの人たちのようになろうと思ったからだ。だから、自分の親に対して、
あんななんて言い方は絶対にするな」
「……」そのリーフの言葉を、素直に受けることのできないゴドー。
「でもよ、旦那」
「ああ?」
「立派な親ってのは、他所様だけじゃねえ、自分の子供もきちんと守って
…初めて立派って呼ばれるんじゃ、ないのかよ?」
ゴドーがそこまで言ったときだ。先頭を行くグスタフがその足を止めた
他のゾイドも慌てて停止する。
「どうしたんだ?」
「お客さんが来やがったか…」
ひと言呟き、キャラバンの先頭へと自機を走らせるリーフ。
★
その岩山が立ち並ぶ場所に立ちはだかる敵機はヘルディガンナー。見かけ
によらない俊敏な動作を得手とする強襲型の機体。背のロングレンジ
アサルトビーム砲の威力も馬鹿にならない。
その危険とも言える機体が2機、キャラバンの前方を行く手を阻み塞いで
いる。
「用心棒が、保安官のゾイド1匹たぁずいぶん舐められたもんじゃねえか」
「おかげでこっちは商売しやすくて結構だけどよ」
行く手に立ち塞がる2機のヘルディガンナーに乗った、まぎれもない盗賊
たちが下卑た笑いを発した。
「――残念ながら、今の時点じゃ現行犯じゃねえってことでお前らを逮捕
することはできん」ふん、と鼻を鳴らし、機体の背のウッズマン砲を2機に
向けるリーフ。「そういう訳だから、さっさと目の前から消えろ。時間通り
に荷物送らなきゃなんねえのに、その上お前らの相手だなんてよ、無駄な
仕事増やしたかねーんだ」
「口の減らねえ保安官だぜ」
「たかが給料取りがイキがってよ」
言うが早いか、ワイルドウルフに向かって攻撃を仕掛けるヘルディ
ガンナー。ロングレンジアサルトビーム砲から撃ち放たれた粒子ビームの
火線が地面を灼くものの、素早く回避するワイルドウルフ。
「保安官!」
「あんたらは迂回して逃げろ! ゴドー、お前が先頭行け!」
「わ、判った!」
元より、愛機〈ガッツ〉ならともかく、一切の武装を外した輸送用である
キャリートータスでは援護もままならない。一番軽い荷物を積んでいた
〈ドンガメ〉が先導し、岩山の陰を行く迂回ルートを取るキャラバン。
「野郎!」
「おっと、ここから先は行かせねえ」キャラバンを狙おうとする2機の前に
立ち塞がるワイルドウルフ。「俺の仕事は、あのキャラバンを守ることだ!」
「保安官のクセに正義の味方気取りかよ!」
「邪魔くせえ、死にやがれ!」
ヘルディガンナーから殺到する攻撃を、その機動性にてことごとく躱して
みせる。ジャンプ、宙空から間合いを詰め、まずは1機、ストライククロー
で仕留めるべく前肢を振り上げる。刹那、
ビュン――ッ、見かけにたがわぬ俊敏さにて、その一撃を宙に飛んで躱す
ヘルディガンナー。
「ちぃっ!」
舌打ちするリーフ。ヘルディガンナー、さらに宙空から、胸元の20mm
2連装ビーム砲を牽制で撃ってくる。着地ざま地を駆け、その火線を
かいくぐるワイルドウルフ。
「当たるかよ!」
「おーおー、熱くなっちゃって」
「へっ、俺たちにばっか構ってていいのかよ?」
挑発的な言葉を告げる盗賊二人。
「何だと?」
「俺たちが、二人しかいないって、そう思ったか?」
「!」
一瞬、キャラバンが方向転換した先に視線を送るリーフ。その一瞬の
隙が致命的だった。
ヘルディガンナーの1機の放った攻撃が、ワイルドウルフの脇腹を捉えた…。
★
方向転換して逃げた先、その両脇に岩山が並ぶ、逃げにくい場所にも敵が
いた。いや、むしろリーフと自分達を見事に分断されたのだ。
キャラバンの前に、新たに立ち塞がった3機目のヘルディガンナーが、
その背の砲口をキャラバンへと向ける。
「マヌケな保安官で助かったぜ。おかげで商売繁盛よ」
「ち、畜生…」
悪態をつきつつ、身の震えを止められないゴドー。元々強襲用の機体である
ヘルディガンナーとこちらでは、元々勝負にならない。
「相変わらずガードの甘ぇ町の連中だ。何年か前に襲ったときと全然
変わっちゃいねえ」
「!?」そのひと言で、ゴドーの身体の震えが止まる。「――よお、そりゃ
8年前の話か?」
「あーん? もうそんなに経っちまったか」つまらないことを思い出した、
と言わんばかりの盗賊。「あん時ゃ、どこの馬鹿だか知らねえがゴジュラス
なんか持ち出して対抗してくれてよ。逃げるのに苦労したってーか、たかが
盗賊相手にあんな化け物持ち出すなんてシャレになってねえってんだ」
「――っ!」
そこまでの言葉で充分だった。〈ドンガメ〉の背のキャリアデッキを傾斜
させ、背負っていた荷物を地面に降ろす。
★
ビーム砲の火線を横腹に受け、たまらず地に倒されるワイルドウルフ。
「手間ァかけさせやがって」
「だから黙ってろってんだよ、小役人が」
下卑に笑いつつ、自らが撃ち倒したワイルドウルフへと歩み寄る
ヘルディガンナーの1機。地面に倒れた、その横っ面を踏みにじろうとする。
その白い機体の背のウッズマン砲が、迂闊に近付いて来たヘルディガンナー
へと向いた。
★
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫し、背の重荷を降ろした〈ドンガメ〉を目前の敵機へと突進させる。
だがそれは、ヘルディガンナーからすれば文字通り亀の歩みだ。
子馬鹿にするように、わざわざ至近距離ギリギリまで近付くのを待って
からその突進を避けるヘルディガンナー。すれ違いざま、ついでとばかり
横から長大な尾、スマッシュアップテイルを叩きつけてやる。
その一撃で、足元を大きく横にずらされる〈ドンガメ〉。
「畜生! 畜生! 畜生ォォォッ!!」
背のデッキに装備されたマニピュレーターを伸ばす。だがその副肢の
一撃も、わざわざピョンピョン跳ねて躱してみせるヘルディガンナー。
「こんなんじゃ鬼ごっこも楽しめねえな」背中の火器を〈ドンガメ〉に
向ける。「くたばりな…何っ!?」
轟! 突如、そのヘルディガンナーを攻撃が襲った。何処からか撃たれた
徹甲弾の一撃が、背の火器を吹き飛ばしたのだ。
「!?」
思わず、その攻撃の来た方向を向き、目を見開くゴドー。その岩山の影
から、ソードレールキャノンにて狙撃してきた機体は、仇敵ハデスの妹
ヘルメスの機体スティルアーマーなのだ。
「あいつ…なんで!?」
「くそっ…うお!?」
更に驚愕する、ヘルディガンナーを駆る盗賊。多数の、更なる攻撃が
自機に向けて殺到してきたのだ。小口径の機関砲など、決して威力は
高くないが多数からなる攻撃が、主砲を失い俊敏に逃げ回るヘルディ
ガンナーを捉えようとする。
「くされ泥棒が! この坊主に手ェ出すんじゃねえ!」
「ゴドーの敵なら、俺らフォッシルコロニーの住民全員の敵だな!」
「俺らは、こいつの親御さんに、でけえ借りがあるんだよ!」
〈ドンガメ〉の後方にいたキャラバンのゾイドたちだ。それらが、
搭載していた護身用の小威力の火器類を、果敢にもヘルディガンナーに
向けて撃ち放っている。
「………」
その、キャラバンの連中の声に、言葉を失くしているゴドー。
「た、たかが運送屋連中の分際で!」
ヘルディガンナーに乗る盗賊、羊とたかをくくっていた相手達からの
思わぬ反撃に呻く。と、
「うおおおおおおおおっっっ!!」
絶叫と共に、その場に飛び込んでくる影。別のヘルディガンナー、
その機体の喉笛に噛み付き、咥えた機体ごと突進してきた…ワイルドウルフ
である。
「リーフの旦那!?」
「遅くなったァ!」
ゴドーに叫び返すと、突進しつつ咥えていたヘルディガンナーの機体を
放した。勢いに乗って跳ばされたヘルディガンナーが、手近な岩山に背中
から叩きつけられる。その剥き出しの腹に炸裂する、ワイルドウルフの
ウッズマン砲。
轟! 腹の構造を破壊され、動けなくなるヘルディガンナー。まずは1機
仕留めた。
そして、遅れてその場に、先までワイルドウルフの相手をしていたもう
1機のヘルディガンナーが現れる。
「たかが保安官に運送屋がここまで歯向かうかよ!」
気に喰わねえ、と、2機のヘルディガンナーによる攻撃がゴドーと
リーフの機体を襲う。
「舐めるなーッ!」
その攻撃に臆することなく、駆け出すワイルドウルフ。だがさすがに一度
横腹を撃たれたせいか、致命傷には至らなかったものの動きは若干鈍く
なっている。
さすがにビーム砲からの火線をすべてかいくぐるという訳には行かず、
装甲の端々を灼かれるものの、それでもまっすぐヘルディガンナーへと
向かって駆ける。
「そんなにあの連中の前でいい格好したいかよ!?」
「目障りなんだよ、この給料取りの偽善者が!」
「偽善者――上等だよ」
ガッ――! ついに、横から1機のヘルディガンナーの首に、その鋼の牙
エレクトロンバイトファングを突き立てる。
「は、離しやがれ!」
「偽善者でも、構いやしねえんだよ…」
その牙を決して放さず、静かに唸るリーフ。
「たとえそれが、手前ェの自己満足のためってチンケな理由でも…誰かの
ために行動して、結果的にその誰かを救えることに、何の間違いがあるっ
てんだ。――偽善者がどうのと人を笑う前に、手前ェが誰か他人のために
手を差し伸べたことがあるか、胸に手ェ当てて思い出してみやがれ!」
ワイルドウルフの電磁牙に、電光石火のエネルギーが迸る!
「俺は――“誰かのために、何かができる”、そんな人たちに憧れて
保安官になったんだ!」
リーフの叫び。その叫びに、先のキャラバンの連中の言葉を思い出し、
は、となるゴドー。
バンッ! エレクトロンバイトファングから炸裂した稲妻が、ついに
噛み付いたヘルディガンナーの首の構造を小爆発を上げて焼き散らした。
「やった…うわ!?」
そのゴドーが、一瞬の隙を突かれる。残った1機のヘルディガンナーが、
〈ドンガメ〉にその爪を突き立ててきたのだ。
〈ドンガメ〉に組み付き、その機体を押さえ込むヘルディガンナー。
「畜生! こうなりゃ手前ェだけでもブッ潰してやる!」
「こっ、この野郎!」
もがく〈ドンガメ〉だが、元々の対格差と、ヘルディガンナー自体の
俊敏さを生み出す機関の出力の高さの前に、どうにも動けない。その
〈ドンガメ〉の頭部コクピットを狙い、ヘルディガンナーがストライク
クローを振り上げる。
一瞬覚悟を決めるゴドー。瞬間――、
………ッ!!
その、響き渡った巨大な咆吼の前に、ヘルディガンナーすら思わず
振り上げた手を止める。
大空から響き渡る、あらゆるものを畏怖させんばかりの、金属質の叫び。
「あ、あれは…」
ゴドーが思わず顔を上げる。
「ま、まさか…」
ヘルディガンナーを駆る盗賊が、忌まわしい記憶と恐怖に身を震わせる。
誰もが、一瞬、その咆吼をあの存在のものと思ったのだ。
惑星Ziすべてのゾイドの王、ゾイドゴジュラスの咆吼と――。
だが、
「………」
誰もが、その姿を視認したとき、思わず言葉を失った。一瞬ゴジュラス
のものとまで思わせる咆吼を放ったのは、同じ恐竜型ながらそのゴジュラス
より遥かに体躯の小さいゾイド――ゴドスの咆吼だったのだ。
戦地を見下ろす岩山の上、白いレドラーを後方に控えさせ、なお破壊的な
雄叫びを上げるゴドス。いや、ただのゴドスではない。ゴドーにとっては
自身の分身も同然のゾイドだ。
頭部コクピットを覆う頭蓋骨のごとき装甲。肩から胸にかけて装着された
増加装甲。そして重くなった機体に機動性を与える、両腰の双方向
ブースター。ゴドー自らが手塩にかけて改装したゴドス――〈ガッツ〉だ。
なおも、ヘルディガンナーに苦戦するゴドーを吠え立てるように、咆吼を
上げる〈ガッツ〉。
「ゴドーっ!」〈ガッツ〉の後方に控えた白いレドラー、そのコクピットから
身を乗り出し、〈ガッツ〉の叫びの合間に声を張り上げるアミーナ。
「〈ガッツ〉が見てる! 〈ガッツ〉、言ってる! 自分の乗り手の
くせに、この程度でやられるのかーって!」
「………」
アミーナの声に、〈ガッツ〉の雄叫びに、胸に熱く籠っていくものを
感じるゴドー。
「た、たかが小っこい機体が驚かしやがって! あとでこいつもろ
とも――」
盗賊の呻きは最後まで続かなかった。振り上げたままのヘルディガンナー
の腕先が、〈ドンガメ〉の背部デッキから伸ばされたマニピュレーターに
掴まれたのだ。
「いつまでも――抱きついてんじゃねえんだよ、気色悪りぃッ!」
吼え、コクピットを開放するゴドー。その見上げた直上には、片腕を
掴まれたヘルディガンナーの、その喉笛が大きく顕わになっている。
その喉笛に向けて、両手で構えたタグショットを撃った。BANG! 喉笛
の構造に喰い込んだ弾丸が機体の内部に強烈な電磁波を撒き散らし、
ヘルディガンナーにハンマーで叩かれたような衝撃を一瞬喰らわせる。
たまらずその機体を跳ね上がらせるヘルディガンナー、
「今だ、やっちまえ〈ドンガメ〉!」
〈ドンガメ〉の両前足が、地面を激しく叩いた。ヘルディガンナーの
機体ごと、後足を軸に地面から大きく跳ね上がる〈ドンガメ〉。ふたつの
機体が跳ね上がった刹那、〈ドンガメ〉の重厚な前足が、ヘルディガンナー
の横面に強烈な張り手となって炸裂した。その重量の乗った一撃に、砕け
散るヘルディガンナーの頭部装甲――!
★
「あふぅ…」
目的地の隣町に着き、逮捕された盗賊達がリーフたちに連行されていく
のを横目に、〈ドンガメ〉、白いレドラーと並んで立つ〈ガッツ〉の足元、
その修復された機体を見上げてアミーナは可愛いあくびを漏らした。
彼女の言によれば、ゴドーが自室に引きこもっていた三日間の間に、
ストライクたちが不眠不休で〈ガッツ〉を修理してくれたとのことだった。
そしてアミーナは、一刻も早くゴドーと再会させるべく、レドラーで
〈ガッツ〉をわざわざここまで空輸してきたのである。もちろん、その
三日間、アミーナも作業を手伝っていてくれたことは、顔や手に残った
わずかな油汚れからも明白だった。
その修復なった相棒の巨体を、眩しそうに見つめるゴドー。
「お前に見られてたんじゃ、負ける訳にゃ行かねえもんな」その、ゴドーの
言葉に、ぷいと横を向く〈ガッツ〉。「そのヒネくれたとこもついでに
修理されて来いっての。――悪かったな、俺が真っ先にお前の修理
しなきゃならなかったのに…それからありがとよ、アミーナ」
「うん…ふわぁ」
またあくびを漏らすアミーナ。苦笑しつつ、白いレドラーの方に視線を
向ける。
ハデスに提示された猶予はあと1週間。その一週間後、この優雅な白い
機体は、ハデスが連れ去っていってしまう――。
「…あと1週間して、もしこの子が連れて行かれちゃうようだったらー
、私、一緒に行く」
唐突なアミーナの言葉に、驚き、振り向くゴドー。
「だってこの子、私とゴドーの子だから」アミーナ、特に表情も見せず、
淡々と告げる。「私たちがいないのに、ひとりぼっちにされちゃ、
可愛そう。…ゴドーは、それでもいい?」
「いいわきゃ…あるかよ」ぐっ、と拳を固める。「俺は男だぞ。ケンカに
負けてウジウジしてちゃいけなかったんだよ本当は。俺は、強くなくちゃ
ならねえんだ。こいつも、お前も、ついでにティータの奴も俺が
守らなきゃなんねえんだ。だから――ハデスの野郎、次は絶対ェ負けねえ、
次は逆にブッ潰してやる! あんな奴に、お前達を連れて行かせなんか
しねえ!」
「…うん」
にこりと、微笑むアミーナ。しかし、そのゴドーの心の内までは
知らなかった。
――親父や、あの女がなんだってんだ!
――あの二人がどれほどのもんだって俺が証明してやる! そのためにも
ハデス、あんな奴にはもう負けたりしねえ!
★
そのゴドーの決意を、もうひとり、ひそかに見つめる者がいた。先程
なぜかゴドーを救った、ヘルメスその人である。
「そうだ…ゴドー・スマッシュ。そうして兄さまと戦え」物陰から、その
ゴドーの決意の様を冷笑気味に見つめているヘルメス。「貴様と戦う
ことで、兄さまが、少しでも“誇り高き騎士”に戻ってくれるならば…」
――そのためなら、私は…、
★
「だが…」
自問するハデス。何故あの時、ひと思いにゴドー・スマッシュを刺し
貫かなかったのか。何故10日もの猶予を与えようなどと思ったのか。
妹、ヘルメスの懇願などではない。ましてや自身の“誇り高き騎士”と
しての自尊心などとうに捨てている。いや、“あの方”なら…。
常に肌身離さず身に付けているペンダントを取る。ロケットになっている
その蓋を開いた。
誰かに似た、少女の写真があった。アミーナ――。
あとがき
「普通に主人公が励まされて再生するって話が書けんのか!?」はい
書けません。ともあれゴドーは、実はこの通り結構イロイロ背負ったキャラ
クターだったりします。
誰からも尊敬される立派な人間がいた。しかしその本人の実の子供から
見たらどんな親だったのか? 今後のゴドーの旅は、単純に幼少の憧れの
ゴジュラスを求めること、自身の前に立ち塞がるライバルを倒すこと
だけでなく…両親の影を追いかける旅にもなっていくんですよ。
あと、今後おいおい語っていくことですが、ゴドーは両親とは決して望んで
いない形で別れを経験しています。ぶっちゃけるどそれが結構現在の
ゴドーの性格設計の礎になっている…という設定だったりしますが、
劇中の台詞でも出したように、自分の親へのわだかまりを完全に捨て切れて
いない――子供として性格付けをしたのがゴドーという主人公です。
世間を何も判っていない子供が、持たされた重荷を背負いながら坂道を
登っていく――“物語を背負って、困難を経て成長していく”、王道的な
ジュブナイルの主人公なんですな。
なんとも「ゾイド」という世界観から少しずつズレはじめてないかと
自分でも心配しておりますが、いえいえ元々「少年のもの」として生まれた
のが「ゾイド」という存在であるとも愚考しております。今後も、ゾイド
の存在感をメインにできる戦記物としてはまず展開していきませんが、
最低限、主人公ゴドーと相棒〈ガッツ〉の物語という骨子は守って
いきたいと思っております。んではまた次回。
(2005.1.17)
豪雪地帯酒店・第二事業部はものをつくりたい
すべての人々を応援します。
トップ