第4話「The far sky」
大戦中、戦火に晒された町、フォッシルコロニー。その戦争の傷跡は、
様々な形で戦後もこの町を苛んだ。
そのもっとも大きな被害が、8年前に町を襲った、敗残兵崩れの野盗の
襲撃だ。ゾイドを駆り、軍団化した野盗の前に町は壊滅寸前にまで追い
込まれ、多くの死傷者を出した。
ゴドー・スマッシュとティータ・スマッシュ兄妹の母親は、この襲撃の
際行方不明となってしまっていた(もっともそれは、遺体が見つかって
いないというだけの話でもあるのだが)。
そして、炎に包まれ壊滅寸前に陥った町を救ったのは、無人の野良
だったのか誰かが乗っていたのかすら判然としない、町に出現した1機の
ゴジュラスだった。
★
「なんで俺がこんな…」
高さ100メートルはあろうかという巨大クレーンに吊り下げられ、地上
30階の真新しいビルの壁面に取り付いた自身専用ゾイド〈ガッツ〉の
コクピットの中、ゴドー・スマッシュはぼやいた。その空中の〈ガッツ〉
の手の先には『ツォーンコンツェルン新社屋完成』と大きく描かれた
巨大看板が支えられ、その〈ガッツ〉の手によって壁面への取り付け作業が
行われている。とにかくゴドーは、自身を取り巻く現状を振り返ってみた。
★
ゴドーの〈ガッツ〉とアミーナの白いレドラー、この2機のゾイドの
参入が、結果としてはスマッシュ運送サービスの仕事受注量を増やす結果
となっていた。ただし、ゴドーが望んだゾイドハンターとしての仕事では
ないのだが。
「お兄ちゃ〜〜〜ん♪」
「はっはっはっ、ティータはいつも可愛いねえ」
仕事の常連依頼主であるフォン・ツォーンの来訪に、満面の笑顔で
抱きつく妹、ティータ。その日頃決して発しはしない妹の嬌声に、ゴドーは
背筋の痒みを覚えていた。まだ二十歳になったばかりのこの青年は、
一応とはいえ父親から譲り受けた企業の社長を勤める、フォッシル
コロニーの実力者のひとりである。同時に自らゾイドハンターチーム、
ツォーンハンティングのリーダーも兼任しているという、ゴドーにとっては
商売敵でもあるのだが、ティータにとってはうちに仕事を回してくれる
ありがたいお客様であった。
社長育ちゆえの気前のいい性質と、本人としてもまんざらでなく
ティータを可愛がっており、元々キャリートータス〈ドンガメ〉を使う
引越しの仕事などをこちらに回してくれていたのだが、ゴドスという
汎用型ゾイドである〈ガッツ〉とレドラーの参入が、その回してもらえる
仕事の種類を大きく増やしていた。もちろん〈ドンガメ〉の分も併せ、
ゾイド3体分の維持費を回収してなお余る収入増に、スマッシュ運送
サービスの経理を切り盛りするティータがご機嫌なのは言うまでもなかった。
「あのバカ大将、こっちが甘い声出してやりゃまーイチコロで仕事回して
くれちゃって。きょーほほほ笑いが止まんねー♪」
…フォン本人が帰った後、その鬼妹の本音と高笑いを聞くゴドーにして
みれば、大して嬉しい事態でもなかったのだが。
★
ゴドーの元に厄介になることとなったアミーナもまた、レドラーでの
仕事を任されることとなった。その高速飛行型ゾイドであるレドラーに
任されたのは軽荷物の高速便だ。300キロ先の町への配送を終わらせ、
スマッシュ運送サービスに帰還したアミーナが見たものは、社屋権
格納庫である倉庫の前に立つ、まだ5歳ほどといった女の子だった。
「ここは、ゾイドのなんでもやさんですか?」
女の子がたどたどしい言葉遣いで告げた依頼は、逃げ出したペットを
探してほしいというものだった。報酬は女の子が大事に持ってきた小さな
貯金箱。にべもなく断ろうとしたティータに対し、アミーナは彼女の依頼を
引き受けると譲らなかった。
「だってこの子、いなくなった子のこと心配してるから」
ティータにしても、収入のいい高速便のドライバーの意見を無碍にする
訳にもいかない。結局レドラーでは町中を探すには向かないという理由
から、ペット捜索の役を仰せつかるのはゴドーとなった。
「こんなんじゃねえ」
町中を行く〈ガッツ〉のコクピット、傍らにアミーナを、依頼主の女
の子を膝の上に乗せ、なお嘆くゴドー。
「俺はゾイドハンターになったんだぞ。今日も乾いた荒野に繰り出し、
無法の限りを尽くす野良ゾイド相手に命懸けのやり取りを繰り広げ、
冒険終わって受け取る報酬にニヒルに微笑み、その金貨の詰まった袋を
前にティータがへへーとひれ伏し俺様高笑い。そういう愛と夢と男の
ロマンあふれた生活になってるはずがなんでこんな…」
「いないねー」
「どこ行っちゃったんだろうね、あなたのお友達」
二人が真面目に町中に視線を走らせている横で、ブツブツと尽きる
ことなく愚痴るゴドー。と、女の子が街路の一角で止めてと指示した。
「このへんで〈しゅーちゃん〉とはぐれちゃったの」
「そういやその〈しゅーちゃん〉ってどんな奴なんだかまだ聞いてなかった
けどよ、犬か? 猫か?」
「とりさん。でもとべないの」
「鳥のクセに飛べないのか?」
「いつもこうやっておはねパタパタさせてお庭をはしりまわってる、
とってもげんき」
「はーん、ニワトリか何かか」
「むかしはおじいちゃんのだったの」
「は?」
「わたしや、パパがうまれるまえから、ずっと
おじいちゃんのおともだちだったの。ずーっとおうちにいるの。わたし、
あかちゃんのときからずっとなかよし」
「…ニワトリって結構長生きする生き物だったんだな」
「私も知らなかったー」
自分達の知らない生態系の不思議を前に、へえとなる。と、通りの
向こう側から喧騒が聞こえた。見ると、大通りのほう、建物の陰を一直線に
土煙が上がっている。
「な、何だぁ?」
機体をその大通りのほうに向かわせる。と、出会い頭に、何かが町中を、
土煙を上げで高速で突っ走ってくる。
「うお!?」
とっさに〈ガッツ〉をその突進から避けさせる。すれ違いざま、その
“高速で突っ走る何か”の姿を視認し、女の子が叫んだ。
「〈しゅーちゃん〉!」
「――って、お前の言う〈しゅーちゃん〉ってあいつかよ!」
思わず唸るゴドー。その、赤い巨大な翼をはためかせ、長い足で高速で
大地を走るものは、飛行型ゾイドであるシュトルヒだ。かつての大戦初期
に活躍した軽戦機ながら、その卓越した運動性能の高さは、大戦後期に
おいても後発機に決して劣らぬ戦果を挙げたという名機である。
「おにいちゃんっ、しゅーちゃんをつかまえてっ!」
言われるまでもなく〈ガッツ〉を走らせるゴドー。だが、細身ゆえ
地上においてもなお速いシュトルヒには、元が地上戦用のゴドスである〈
ガッツ〉では追いつけない。
「私が行く」
ぽつり、と告げるとアミーナ、指笛を一回鳴らした。ゴドーが何事かと
思ううち、たちまち飛来してくる…アミーナの白いレドラー。
女の子を抱きかかえ、レドラーのコクピットに移るアミーナを唖然と
見送るゴドー。ゾイドとその認めた乗り手がいくらか精神的にリンク
しているとはいえ、まさか機械的な補助の何もない指笛ひとつでゾイドが
乗り手の元まで飛んでくるなどという話、聞いたこともない。
高速で駆けるシュトルヒと低空からそれを追うレドラーに、取り残される
形となるゴドー。
「くっ、これじゃ俺めっちゃカッコ悪ぃ」
焦り、周囲を見渡す。先まで看板取り付けの工事をしていた、ツォーン社
の新ビルの姿が目に入った。
一方、低空からシュトルヒを追うレドラー、そのシュトルヒの様子を
見据えつつ不思議そうな顔をしているアミーナ。
女の子の言う「飛べない」という言葉を体現するかのように、時折上方
――空を見上げては高く啼く。その翼があればどこまでも飛んでいける
はずなのに。
「翼があるのに…どうして飛べないの?」
「〈しゅーちゃん〉、ずっとむかし、おじいちゃんといっしょにせんそうに
いってたの」女の子が応える。「でも、おじいちゃんも〈しゅーちゃん〉
もケガしておうちもどってきて、〈しゅーちゃん〉それでとべなく
なっちゃったって。おじいちゃん、すごくさびしそうだった」
「…なんとか、〈しゅーちゃん〉止めないと」
その足を地上を駆けるシュトルヒに向けるレドラー。だが執拗に翼を
はためかせ、その足を払うシュトルヒ。上から強制的に押さえ込むのは
可能だが、出来れば傍らの少女の目の前でそんな乱暴はしたくない。
どうする、と思案に暮れたときだ、
「ア〜〜〜アア〜〜〜」
間抜けにも聞こえる勇声が空から響いた。ツォーン社ビルに隣接する
作業用の巨大クレーン、そのワイヤーの先に掴まり、ジャングルの王者の
ごとく滑空し飛来してくる…〈ガッツ〉!
ワイヤーから手を離し、大きく空に跳ぶ〈ガッツ〉。その着地点は、
今まさにシュトルヒが駆けてくるその先だ。
「ゴドー、乱暴に捕まえたりしないで」
「ちっ、面倒くせえ!」
呻き、ロケットアンカーを射出するゴドー。高速で飛んだチェーンが
シュトルヒの翼に絡みついたのを確認し、逆噴射ブースター点火。急激な
制動に駆け足を滑らせるシュトルヒ。逆噴射にて落下に制動をかけて着地
する〈ガッツ〉と、その〈ガッツ〉に引きずられる形で横倒しに転倒する
シュトルヒ。
「手間ァかけさせやがって!」
タグショットを片手にコクピットから飛び出すゴドー。シュトルヒの
首筋に撃ち込み、その暴走を終わらせようとする。だが、そのゴドーの前に
立ち塞がったのはアミーナだった。
レドラーから降り、その横倒しになっているシュトルヒの鼻先を、優しく
撫でるアミーナ。
「大丈夫」にこり、と微笑む。「飛べるよ」
★
「こんな破片ひとつで、飛べなくなってたたーな…」
あのあと、アミーナの懇願で捕らえたシュトルヒの翼を調べた結果、
大戦時に戦闘中に食い込んだと見られる小さな破片が、翼の根元から
見つかった。この破片が飛行型ゾイドの揚力となるマグネッサー・
ウイングの磁気流動を乱し、シュトルヒから飛行能力を奪っていたらしい。
ツォーンビルへの看板取り付けの仕事に戻り、またもクレーンから地上
数十メートルの位置にぶら下がる〈ガッツ〉の中、自らが取り外したその5
センチ程度にも満たない金属片をゴドーは手中で弄んだ。
「あの子の乗り手だったおじいちゃん、あの子が墜落して怪我して、
それで二度とゾイドに乗れなくなっちゃったんだって」依頼主の女の子
から伝え聞いたという、アミーナの言葉を思い出す。「ずっとパートナー
だった乗り手を失くして、自分も飛べなくなって…でも、もうきっと大丈夫」
と、上空にぶら下がる自機の横を、白い影が横切っていった。
「うお!?」
自機をぶら下げるワイヤーがぶらんと揺れ、慌てるゴドー。アミーナの
乗る白いレドラーだった。そしてその後を、紅の翼を大きく広げ、数十年
ぶりに大空を舞ったシュトルヒが続いていた。
「危ねえじゃねえか、コラ!」
ゴドーの怒声をよそに、自機に着いてくるシュトルヒの姿を微笑ましく
見つめているアミーナ。
「――あの子、自分の大好きな、新しい乗り手とどこまでも飛べるから」
シュトルヒのコクピットの中には、依頼主の女の子。自分と一緒にどこ
までも飛んでくれる、新しいパートナーの笑顔があった。
豪雪地帯酒店・第二事業部はものをつくりたい
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