第2話「Hard head」
〈ガッツ〉と自ら名付けた野良ゴドスを捕らえ、意気揚々とフォッシル
コロニーの我が家たる、古い倉庫を改装した事務所「スマッシュ運送
サービス」へと帰還したゴドーを待っていたのは、まだ13歳の妹
ティータの容赦ない罵声であった。
「カーライルさんのとこからまた請求書が来てるわよ! 小型高速ゾイドに
ウインチ15台なんて何に使ったのよ!?」
「ゾイドハンター? 私は絶対反対だからねそんなの!」
「たかだか小さいゾイド1台捕まえるのに、また借金増やした上になんで
商売道具の〈ドンガメ〉がこうも傷だらけになっちゃうのよ!」
「そもそもうちにゾイド2台も維持できる収入があると思ってるの!」
もちろん、浮かれたゴドーの耳にはそんな妹の怒声など右から左の穴を
通り抜けていった。〈ガッツ〉を捕らえた帰り道、その足で既にハンター
協会へと出向き、自身のゾイドハンターとしての登録は済ませてある。
ハンターの資格、自身が“焼き印”を撃ち込んだゾイドを所有することに
ついては既に満たした。なにより、幼い頃から憧れていたハンター稼業、
その夢に遂に手が届いたのだ。
倉庫に用意されていた整備ハンガーに〈ガッツ〉を固定し、夜通しで
ハンター用ゾイドとしての改装を進めるゴドー。だが、
「大人しくしろっての、コラ!」
深夜、ゴドー自らの設計による外装の取り付け作業の最中ながら、
その気性の荒さゆえに手足を振り回して暴れ、倉庫内に盛大に金属質の
唸りを響かせる〈ガッツ〉。ハンガーの拘束具で胴体が固定されて
いなかったら、今頃は倉庫全体が潰されている。
〈ガッツ〉にすれば、捕らえられたばかりというのもあるが当然別に
ゴドー自身を乗り手として認めた訳ではない。タグショットで自身に
“焼き印”を撃ち、その本人からの鉄パイプの一撃が自身のゾイドコア
まで響かせたとはいえ、〈ガッツ〉にとってはまだゴドーは「小憎たらしい
ガキ」として認識されたに過ぎない。乗り手としての技量ひとつ定かでない
子供に、どうして自分の手綱を預けられよう。
地団駄を踏む〈ガッツ〉にほとほと手を焼くゴドー。と、そこへ、
寝間着姿のティータが姿を現した。よっぽど寝床の中で寝返りを打った
のか髪は寝癖だらけ、だがその目つきは凶悪な光をたたえて〈ガッツ〉
を睨み付け、手には何故かフライパンが握られている。
「やかましい! 今何時だと思ってんのよ!」
GAN! 雄叫びと共に、フライパンの強烈な一撃が、〈ガッツ〉の
横っ面たる風防ガラスを容赦なくぶっ叩いた。風防“ガラス”と言っても、
便宜上ガラスと呼ばれるゾイドのそれは透明金属とでも言うべき強固な
透質素材だ。当然鉄パイプやフライパンの一撃程度では割れるどころか
ヒビひとつ入りはしない。だが、ティータの真っ向からの一撃に
込められた激しい“怒り”の感情は、爆発的な波動となって、闘争心の
強い恐竜型ゾイドである〈ガッツ〉のゾイドコアを一発で萎縮させたのだ。
たちまち、唸り声を止め大人しくなる〈ガッツ〉。
「夜更かしはお肌の大敵なんだからね! 今度騒いだら鉄クズにバラして
叩き売ってやるから、憶えときなさいよ!」
一括し、肩を怒らせずんずんと自室に戻っていくティータ。〈ガッツ〉
だけでなく、長年共に暮らしたゴドーさえも恐怖で言葉を失っていた。
この日から、小柄の少女たるティータ・スマッシュは〈ガッツ〉にとって
「畏怖すべき存在」として認識された。
★
「さすがはティータだな。お前よりゾイドを手なずける才能あるんじゃ
ねえか?」
傍らを行くゴドーのキャリートータス〈ドンガメ〉からの通信に、
輸送キャリアを引く自機ディスペロウの操縦桿を握りつつトーマス・
ストライクはがははと笑った。
「勘弁してくれよ、ストライクの兄貴」
その兄貴分の哄笑に溜息をつくゴドー。トーマス・ストライクは
ジェリー・カーライル率いるカーライル一家の若頭だ。三十路過ぎた
あたりという年齢だが統率力もあり若衆の信頼も厚く、ジェリーにとっては
かけがえのない片腕である。またメカニックとしての腕前も一流であり、
幼少時よりゴドーに機械いじりとハンターとしての心根を教えた、ゴドー
にとっては頼れる兄貴分であり師匠といった存在なのだ。
そして、今日はその新人ハンターとしてのゴドーにとって、いよいよ
初の“野良ゾイド狩り”その日であった。協会からの依頼を受けたのは
カーライル一家とゴドー。日頃は徒党を組むような真似はしないハンター
同士といえ、まだビギナーであるゴドーの指導を旧知であるジェリーが
買って出たのはある意味当然とも言えた。
依頼を受けた野良ゾイドの目撃地点である、荒野のただ中の廃墟に
到着し、ディスペロウが引っ張ってきたキャリアから降りるジェリーの
レオブレイズ〈ライオット〉と、若衆二人の駆る2機のスナイプマスター。
そして、ゴドー駆る〈ドンガメ〉のデッキハンガーがリフトアップし、
その頭部と胴体回りの増加装甲が目を引く、背に積んできたゴドー専用
改装型ゴドス〈ガッツ〉が大地に降り立つ。
「言っとくけど、今回の狩りはあんたの指導も兼ねてるんだからね、私の
言うことには絶対従うこと。いいわね」
念を押すようなジェリーの通信に、〈ガッツ〉のコクピット内にて
うんざりするゴドー。その出で立ちは、まるで潜水夫か何かというような
大柄な耐圧服を着込み、頭にはこれまた頑丈そうなヘルメットを顎紐
までしっかり結んで装着している。そのいかにもビギナーというゴドーの
格好に苦笑するジェリー。まあ念願のハンターとなって、初めての狩りだ。
逸る胸を押さえろと言われて黙っていられないのであろう。
協会から依頼された今回のターゲットは「高速で飛び回るゾイド」だ。
町の近辺を恐るべきスピードで飛び回り、時には建物の間も
すり抜けていく鉄砲玉ゾイド。しかも高速過ぎてその姿はほとんど視認
できず、数多の出現例に関わらず“白い影”という目的証言だけで、
その機種は未だ特定できていない。そして、ジェリー達が網を張った
この地は、その“白い影”の目撃事例がもっとも確認された場所なのだ。
「こりゃどーも、地下に何かありますよお嬢」
キャリアに一緒に積みこんできた観測機器にて廃墟をスキャンし、
ストライクが報告する。スキャンの結果は、センサーが情報を滲ませて
観測不能。つまり“妨害波を出す何か”がこの辺の地下に埋まっている
のだ。
「ここは戦時中は軍の基地でしたからね、めぼしいお宝なんかは戦後廃墟に
なってから、元気な連中があらかた漁っていったはずなんですが」
「でもあいつは、地下の何かに反応してこの辺を飛び回ってるってこと?」
「まあ場所柄、何かしら変なモンのひとつやふたつ埋まってても
おかしかないんですが…」
いぶかむストライク。と、
「来た!」
唸るゴドー。上空で一瞬、何かが輝いたと思った瞬間、ビュン――、
一同の終結しているまさにその真ん中を、超高速にて横切っていく
“白い影”。煽りで若衆のスナイプマスターの1機が倒される。慌てて
もう1機のスナイプマスターが後方から狙撃するが、既に射程から逃れた
ターゲットを撃ち落とすべくもない。
「何やってんだ、追うぜ!」
「私の指示に従えって言ったでしょ!」
真っ先に駆け出す〈ガッツ〉を追う〈ライオット〉。と、遥か前方へ
飛び去ったはずの“白い影”が宙空で大きくターンし、再び廃墟の方へと
向かっていく。ストライク達を襲う気だ。
急Uターンした〈ライオット〉の背のイオンブースターが吼えた。
〈ガッツ〉を置き去りに高速で引き返し、未だ体勢を立て直していない
ストライク達を援護しようとする。だがさすがに間に合わず、迎撃しよう
としたもう1機のスナイプマスターが転倒させられた。残るは
ディスペロウと無人のキャリートータス。再び宙を旋回し、こちらに
襲いかかってくる“白い影”。
「させねェーーーッ!」
その絶叫に振り向き、目を見開くジェリー。〈ガッツ〉が、またあの
ゴドスと思えぬ突進力を発揮して突撃してくるのだ。突進の勢いに任せ、
尻尾――スマッシュアップテイルを地面に叩き付けて大きく跳躍する。
宙空にて相対する〈ガッツ〉と“白い影”。
“白い影”が〈ガッツ〉とすれ違う瞬間、ゴドーが〈ガッツ〉の腰の追加
装備、ロケットアンカーを撃った。小型ロケットエンジンの噴射炎と強化
ワイヤーの尾を引き、ふたつのアンカーが“白い影”の首に絡みつく。
急激にゾイド1機分の重量がのしかかった一瞬の制動、ついに“白い影”
の姿が露わになる。頭部に、優美なラインの追加装甲を施された、白い
飛竜型のゾイド…レドラー。
ロケットアンカーに掴まった急制動に、さすがに高度を落とす白い
レドラー。一方、両脚から大地を抉りつつ着地しつつも、結局はその推力に
引きずられている〈ガッツ〉。その〈ガッツ〉の両腰に増設された逆噴射
ブースターが火を噴く。轟! ずるずると、さらにその速度を落としていく
白いレドラー。
ゾイドハンター用の機体に改装したとはいえ、ゴドスの体躯では体格差
からおのずと捕らえられる機体が制限されてしまう。それをカバーする
ためにゴドーが考え出したのがロケットアンカーと逆噴射ブースターだ。
格上の体格の相手といえどまずはロケットアンカーで絡め取り、力尽くで
逃げようとしても逆噴射ブースターの推力で制動する。そして、
「うおりゃぁぁぁッ!」
逆噴射ブースターをカット、突然自身を縛り付けていた制動が失われ、
勢い余って“つんのめる”レドラー。そこへ、DODODO…! その
持ち味の突進力にて、増加装甲を施された頭を前に突き出し、突進する
〈ガッツ〉、
DON! 衝撃、〈ガッツ〉の全体重と突進の慣性を乗せた、強烈な
頭突きがレドラーを直撃する。さすがに、一撃で機能停止に陥り、横倒し
に倒れて動かなくなるレドラー。
「ゴドー! なんて無茶!」
一方、その頭突きの様に慌てているジェリー。いくら頭蓋骨のごとく
増加装甲が施されたとはいえ、ゴドスのコクピットは“頭部”に存在
するのだ。あの衝撃では中のゴドーは――、
と、その〈ガッツ〉の頭蓋骨状の増加装甲が、内側の風防ガラスごと
弾けるように開いた。そのコクピットの中から飛び出す、頑丈な
ヘルメットにダボダボの耐圧副姿のゴドー。その様に、さすがに呆れる
ジェリー。あの格好は、最初から〈ガッツ〉の頭突き攻撃を狩りの
手段として視野に入れたものだったのだ。
横倒しになって動かないレドラーの首筋に取り付き、その装甲の隙間に
タグショットを撃ち込むゴドー。ゴドーの名が刻まれた弾頭が“焼き印”
として撃ち込まれ、正式にこのレドラーはゴドーが狩ったモノとして認証
される。
「ざまあ見やがれティータ、もう小言は言わせねーぞ! こいつお高級
そうな色つきしやがって、高く売れるぜ!」
嬉々と、仕留めたレドラーの頭へと写り、まずはそのコクピットを外部
から開放する。突然、開くコクピットカバーの隙間から凄まじい勢いで
噴き出す水蒸気。うわ、と呻きつつ、蒸気が晴れていくコクピット内を
凝視する。
目を見張った。コクピットを満たしていた“液状の何か”が急激に蒸化
して噴き出したであろう、水滴にまみれたコクピット内、やはりずぶ濡れ
になっている、ひとりの少女が横たわっていたのだ。
あとがき
第1話、第2話を一挙にUPです。「ザンサイバー」以外に、個人的に
やりたかったもうひとつの模型ストーリーコンテンツ…「ゾイド」のオ
リジナルストーリーです。とは言っても「ゾイド」については権利を
持つメーカー側でもオフィシャルに詳細な設定が作られている世界
ですので、いつの時代、どこの地の、どこどこといった話の作り方は
まずやりにくい。基本的には帝国と共和国の戦争が終わった(または
一時休戦中)という時代、そんな時代を生きる市井のゾイド乗りの少年の
物語…。主人公は一国の大統領だの皇帝、時代の英雄だのにはたぶん会い
もしないけど、設定に捕らわれることなく、ストレートな王道少年漫画風
の物語を目指していきます。まずはよろしく。
さて、まずは制作秘話から。元々この話には元ネタがありまして、
1930年代から40年代にかけて、アメリカで全盛を極めたパルプSF雑誌の
ひとつ「スリリング・ワンダー・ストーリーズ」誌、そこに掲載された
アーサー・K・バーンズのヒロイン物スペオペ「ゲリー・カーライル」
シリーズであります。そう、話は元々彼女の名をもじったヒロイン、
ジェリー主役の話だったのですよ(笑)。大元の「ゲリー・カーライル」
シリーズの概要は、愛用の宇宙船を駆って太陽系をまたにかけ、希少な
宇宙生物(当然怪獣っぽいやつばっか)を生け捕りにしロンドンにある
太陽系生物炎に送り込む宇宙のハンター〈生け捕りカーライル〉の物語。
自分自身、小学生時代学校の図書館でコレのジュブナイル版を読んだこと
があるのですが、この設定をほぼ「ゾイド」に持ってくればえんで
ないかい? というかなり安易な発想から始まっております。結局
主人公を「恐竜型ゾイドを駆る、無鉄砲な少年」にしちまう時点で
結局自分の書きやすい方向に話を持っていくのですが、まあいずれは
ヒロイン主役の話も書くはず?
「ゲリー・カーライル」シリーズの詳細は、今現在入手できる書籍では
野田昌宏氏の「SF英雄群像(ハヤカワ文庫 JA119)」を参照のこと。
単行本は「惑星間の狩人(創元SF文庫635-01)」がありますが、こちらは
入手難かも? まあ、こういう少年時代目にした自分の土台のひとつが、
今こうしてモノ書きの発想の元になってるというのはありがたくも
楽しいことです。
んでは、トップページに書いたとおり更新は不定期ですが、また次回
お楽しみに。
豪雪地帯酒店・第二事業部は
ものをつくりたいすべての人々を応援します。
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